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タイトル: 「 赤坂臨海教育団」に関する一考察 ―大正期の「林間学校・臨海学校」をめぐる議論に着目して―
その他のタイトル: A Study on “Akasaka Rinkai Kyoikudan (outdoor-school)”
著者: 野口, 穂高
キーワード: 林間学校
臨海学校
野外教育
身体虚弱児童
赤坂臨海教育団
発行日: 2013-03-31
抄録:  本論文は「赤坂臨海教育団」を対象に,大正中期における「林間学校」の目的と実践内容を明らかにするとともに,その意義が社会的にどの程度認知されていたのかを究明するものであった。先ず「林間学校」を実践した教員たちは,その目的と意義を,特に体育的な観点と夏期休業の有効利用と云う観点から認識しており,「林間学校」の教育内容も体育中心のものとなっていた。ただし,大正後期の実践の中核を占める「虚弱児童」を対象とする欧米型の「林間学校」と異なり,健康な子どもを対象とした点は大きな特徴であった。さらに,後期の実践の様な「都市環境」に対する批判的意識が見られず,有為な自然環境を教育に積極的に活用するという意識が強かった点も特色である。この事は,大正中期の「林間学校」においては,「虚弱児教育」よりも学校教育における直接的な効果が意識されていた事を示している。  また,紛擾事件の関係者に見られる「林間学校」に対する認識については,臨海教育団を批判した区長や校長たちにおいてさえも,「林間学校」の意義が意識されており,この事は事件に関係した東京市や府においても同様であった。これらの「林間学校」の重要性が,教育関係者らに広く共有されていた事が,大正後期において林間学校を普及させる重要な基盤となったと考えられる。
URI: http://hdl.handle.net/11078/73
ISSN: 1348-3331
出現コレクション:06. 論叢:教育学部紀要

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